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「正義」を考えるⅡ(第16号)

2020年2月4日更新

長崎県立五島海陽高等学校

校 長   古川 賢一郎

「正義」のもう一つの柱である「自由」について考えてみましょう。どのような「自由」が「正義」なのでしょうか。

自由の概念を考える上でよく引き合いに出されるのが、J・Sミルの『自由論』(1858)とJ・ロールズの『正義論』(1971)です。                     ミルによると「自由」とは、(1)判断能力を持つ大人が、(2)自分のもの(生命・財産等)に関して、(3)他人に危害を及ぼさない限り(他者危害性)、(4)その決定が当人にとって不利益を生じようとも、(5)自己決定の権限を持つことであり、社会において最大の幸福が達成されるよう留意しつつ、エゴイズムの制限はなるべく少ない形にすべきと主張しました。ただし、個々の構成要素については点検が必要です。                                                                                                                                                   (1)の自由を行使する資格のある「判断能力を持つ人」とは何歳からか。その判断は誰が行うのか。                                                     (2)の「自分のもの」は自由に扱って良いとすれば、自殺や堕胎は自由なのか。                                                          (3)他者へ危害を及ぼさなければ、不潔、不摂生、怠惰、浪費など迷惑はかけてよいのか。                                                     (4)当人にとっても不利益となるような愚行による文化の退廃と混迷は許されるのか。等の問題が出てきます。それらは品性、マナーの領域であり、自由は規制すべきでないという意見もあるでしょう。また、「私」は「自分のもの」か「社会の一部」かの意味づけによっても、結論が分かれてくると思われます。

 ロールズは、社会全体の福祉の増大より個人の自由と権利が一定の優先権を持つと考えました。基本的諸自由(政治、言論、人身、良心、思想、財産の保有等)は平等でなければならず、自由は他の自由のために制限される場合はあるが、その幅を最小限にすることを「第一原理」とし、「第二原理」として、(a)性別や肌の色、家柄等により特定の職務や地位につけない人がいない場合に限り、その職務と地位に付帯する社会的・経済的不平等は認められる(公正な機会均等の原理)。(b)ソーシャルミニマムの保障と協働社会の見地から、社会的・経済的不平等は最も不遇な人々の最大の便益に資するために認められるが、格差は0にはしないこと(格差原理)を正義だと論じました。 

苫野一徳さんは、19世紀の哲学者ヘーゲルが、どのような価値観であっても他者の自由を侵害せず認め合うこと(自由の相互承認)を市民社会の根本ルールとすべきとしたことを紹介し、私たちがすべきことは、ある時代ある共同体に限定された習俗の価値(道徳)からの命令に服するのではなく、多様な人たちが自由で平和に共存できるためのルールをつくりあい共有することであると述べています(「互いの自由を最大限尊重しあうために規則があるのであり、ルールは与えられる存在から共につくりあうものにならなければいけない」)。                                                                                   そして、他者危害性のみを唯一の道徳基準と捉える考え方(人に迷惑をかけなければ何をしても自由)は危険であり、各人が内在的な規範すなわち「欲」の価値観を超えた「徳」を培い、「自分らしく生きる」自分に対し「どう生きたか」という視点から自分をつくりあげること。命令ではなく、人が普遍的な正義を目指す条件を解明する思考が大切になると結んでおられます。

前回の正義論と併せ「正しい人間のあり方」を考えることは、「正しい社会とは何か」を考えることに繋がります。その方向性としてリベラリズムやリバタリアニズム、コミュニタリアニズム、コスモポリタリズム、ナショナリズムなどが挙げられてきましたが、10年ほど前に大きなブームを巻き起こしたハーバード大学マイケル=サンデル教授の公開講義では、それらについて具体的な問題提起がなされました。                                                            ○ブレーキが故障し直進すると5人を死傷させてしまう状況になったとしたら、別の道にハンドルを切り1人を犠牲にすべきか。                                                                                                                       ○金持ちに高い税金を課し、貧しい人々に再分配することは公正なことか。                                                                                                                                        ○前の世代が犯した過ちについて、私たちに謝罪や賠償の責任はあるのか。

これら正解のない問題を論理的に考えていくことは、海陽生が主権者として良き未来をつくっていく上で大きな基盤になっていくと思います。2回にわたる論考は、以下の書物から引用しました。皆さんも読んでみてはいかがでしょうか。

 【参考図書】                                                                                                                                                                                                     神島裕子『正義とは何か』、加藤尚武『現代倫理学入門』、アリストテレス『ニコマコス倫理学』、マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』、山口意友『正義を疑え』、苫野一徳『ほんとうの道徳』、アマルティア・セン『不平等の再検討』、長谷川三千子『正義の喪失』

 

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